【No.463】 沖縄の進む方向性

お元氣様です!
5月15日で復帰40年目を迎えた沖縄。
各種メディアでは、復帰に関する話題が多い。
加えて同じ15日に、改正沖振法に基づく「沖縄21世紀ビジョン基本計画」も決まった。
復帰以降、ヤマトとの格差是正という名目で、国から多くのお金が投入されたが、
依存型経済の構造は変わっていない。
これは、お金を投入する側にも、受け取る側にも問題があったと思う。
この「沖縄21世紀ビジョン基本計画」が、
本当に沖縄が自分の足で立つために活用される事を願う。
今回も、昨日の沖縄タイムス社説を転用します。
ここに書かれている、
進むべき方向性ははっきりした。経済の力をつけ、依存体質を克服し、平和創造と文化発信によって独自性を打ち出すことだ。

これが、これから沖縄の進むべき方向性であると思う。
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2012年5月17日 沖縄タイムス 社説
ポスト「復帰40年」場の力を育て高めよう
復帰の日の15日に開かれた「沖縄復帰40周年記念式典」は、過去を振り返りつつ将来に思いをはせるセレモニーだった。政府と県が共催したこともあって、式典自体は淡々と何事もなく進んだ。
 だが、40年前と同様、式典の外では、激しい雨の中、抗議集会が開かれた。政府と県のすれ違いも表面化した。
 仲井真弘多知事が米軍普天間飛行場の県外移設を訴えたのに対し、野田佳彦首相は「普天間の固定化はあってはならない」と言うだけであった。それをどのような形で実現するのか、そもそも辺野古案は死んでいるのか生きているのか、肝心な点には一切触れなかった。
 この期に及んでもなお、辺野古断念を明言しないのは、県民にとって「蛇の生殺し」に遭っているようなものだ。
 沖縄の米軍は戦後、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争に参加してきた。これほど戦争ばかりしてきた軍隊は米軍以外、世界中どこにもない。沖縄はそのすべての戦争で出撃・補給・後方支援などの基地として使われた。
 県民は凄惨(せいさん)な地上戦を経験し、27年にわたって米国による軍事支配を受け、小さな島の中で金網を隔てて米軍と同居し、米兵による事件事故や演習被害にさらされながら、彼らの挙動をつぶさに見てきた。
 47都道府県の中で、沖縄以外にこのような戦争体験・戦後体験をもつ県はない。
 もうこれ以上我慢できないという主張は抑制されたささやか主張と言うべきである。
 日本で「安全保障」ということばが定着したのは戦後のことである。戦前は「国防」ということばが一般的だった。専門家によると、「安全保障」のもともとの意味は「心配のない状態」のことで、国家の軍事的防衛を意味する「国防」よりもはるかに広い概念だ。
 沖縄の基地問題を考えるときに大切なことは、軍事的防衛の観点だけで物事を考えないことである。
 沖縄が21世紀に果たすべき役割ははっきりしている。歴史体験を積極的に生かし、東アジアの中に「心配のない状態」をつくり出していくこと。そのために沖縄の「場の力」を発揮すること、である。
 安全保障は国の専権事項であり沖縄がどうのこうの言うべきではないという考えも、間違っている。
 普天間問題に関して沖縄は当事者そのものであり、一方の当事者抜きで頭越しに進めることのほうが問題だ。
 改正沖縄振興特別措置法(改正沖振法)と駐留軍用地跡地利用特別措置法(跡地法)の沖縄関係2法が3月30日に成立した。改正沖振法に基づく「沖縄21世紀ビジョン基本計画」も、復帰の日の15日に正式に決まった。
 沖縄県は、新たな制度をひっさげ、船をこぎだしたことになる。
 進むべき方向性ははっきりした。経済の力をつけ、依存体質を克服し、平和創造と文化発信によって独自性を打ち出すことだ。
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