【No.1526】沖縄の染織と精神文化

先日、うちの社員と話をしている時に、沖縄にこれだけたくさんの種類の織物があって、さらに作り手の数も多いのは、沖縄の精神性とも関係性があるのでは?という話があった。



ふむふむ、、確かにそうかもしれない。
沖縄という狭い地域に、これだけ織物の種類が多いのは世界的に見ても珍しい。
それは、織物の糸や染料の原料となる植物の豊富さといった自然環境によるもの。そして、大交易時代の海外交易によって素材や技法が琉球に入ってきたこと。そして、薩摩の従属下+中国の封建体制も続いた二重構造の中で、貢納品や献上品を生産するためのシステムや振興策がとられたという歴史がある。
これら地理的・歴史的な背景に加えて、その根っこにあるのが沖縄の精神文化ではないかという考え。
気になって過去のノートを振り返ってみたら、2016年に八重山へ出張に行った時、織手の人達と話をした時のメモに「精神性」が沖縄の織物に影響を与えているのではと記されていた。



明治に入って日本は近代化が進み、物質文明が主流となっていった。
一方、廃藩置県後に琉球から沖縄県になり近代化の影響を大きく受けたが、今でも沖縄には精神文明が息づいている。それは、自然崇拝、祖先崇拝を柱とする沖縄の人達の価値観、祭りなどに見ることができる。




現在、沖縄の染織は生産高も大きく下がり、作り手の低収入、原材料不足、後継者不足といった問題が山積している。このまま具体的な変革のアクションを起こさなければ、産地として成り立たなくなる可能性が非常に高い。
そのためには、まず作り手、産地にお金をどうまわしていくのか?という「経済」の視点、取組みが必要。なぜなら、今この「経済」部分が弱いために、作り手、産地が苦しんでいるからである。
ただし「経済」だけでもまた工芸は崩壊に向かう。
「経済」に加えて「文化」、そして染織においては、「精神性」とのバランスをどうとっていくのかが重要になってくる。
しかも、沖縄の中でも地域によって「経済」・「文化」・「精神性」のバランスの取り方が異なるので、地域やモノづくりの特性をしっかり見極める必要がある。
大きな時代の流れを見ると、現代資本主義の行き詰まりにより物質文明は転換期をむかえている。
その中で、「経済」に課題がある工芸、特に織物が今からどのような方向性で変革してくのか。非常に重要な選択を迫られている。